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最終回

昨日(4/3)、大統領による新首相指名がありましたがこれでデモが鎮静化するとは到底思えないですけどね。危険度が上がり日本からのお客様がいなくなった今、無期限帰国の運びとなりました。昨年3月後半に赴任して約1年しか経っていませんが、仕事がない状況ではしようがないです。アラブの騒乱がいつ終わるとは誰もわかりませんしね。4月5月はシリア・ヨルダンにとって観光のベストシーズンです。アーモンドの花は終わってしまいましたが遺跡観光地にも黄色や赤い小さな花が咲きます。太古の遺跡を目前に眺めながらこの世の息吹を感じられたことでしょう。残念です!
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1年いると色々な人にお世話になりました。「また、日本のツアーが戻ってきたらお前はダマスカスに来るんだろ?」とみんな聞いてくれます。ありがたい事です。「インシャアッラー!」と答えることしかできないですけど・・・・。
シリア・ヨルダン・レバノンで私に関わった全ての方々に「ショクラン・ジェジーラン!」

威厳の日

3月15日から始まったデモで23日に外務省による危険度がシリア全土で上がった為、全てのツアーがキャンセルになってしまいました。残念ですがお客様の安全第一で考えるといたしかたないですね。25日「威厳の日」と銘打った金曜日、旧市街に用事があり丁度礼拝後の時間にハミディエを通りかかりました。屋根で覆われたスークで余計に声が反響するのか最初はすごい数かと思いきや50人程。ただ、その後も約150人、約80人と3つのグループとすれ違いましたが、私がすれ違ったのは反体制派じゃなくって現体制派のグループで
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アッラー(神)
スリア(シリア)
バシャール(現大統領)
ベス(だけ)
とコールしながら行進していました。
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ダマスカス以外ではダラーやラタキアで大きな反体制派のデモが起こっております。シリア政府も政治犯の釈放や、非常事態宣言の解除、公務員の給料アップ等を発表しましたが、発表会見の女性スポークスウーマンは「CNNやBCC、アルジャジーラは事実を伝えずデモを煽っている」と切れかけていました。ヨルダンでは体制と反体制派の間で衝突が起きており、シリアもまだまだ余談を許しません。

今日は日曜日でイスラムでは週明けです。私はいつものように二日酔いを押して、ミクロに乗って会社に出社しております。何処でもそうでしょうけど現場以外は普通の生活が流れております。

シリアでは母の日

今回の地震・津波では阪神淡路大震災を超える死者を数え、避難生活を強いられていらっしゃる方も沢山いらっしゃいます。心よりご冥福とお見舞い申し上げます。
こちらシリアでは3月15日より小規模で始まった反体制デモが18日にはヨルダンとの国境の街「ダラー」で死者を出す惨事となりました。ここのブログでも書きましたが先月現地旅行会社の研修で訪れた街です。平穏そうに見えた街が一気にデモで高ぶった映像に衝撃を受けております。
チュニジアやエジプトでの報道で皆さんもご存じかと思いますが、毎週金曜日の礼拝後が1つのターニングポイントになります。今の所ダマスカスでは大きなデモは発生しておりませんし街も通常の通り流れておりますが、先日礼拝後のウマイヤド・モスク内で反体制の呼びかけを始めようとした男性が警察官に取り押さえられたりしております。今後のシリア情勢にも十分ご注意ください。
3月21日シリアは「母の日」でした。会社も15時半終わりで会社のスタッフもお母さんへのプレゼントを渡したり、家族皆で集まって食事したりと色々あったそうです。
母の日.jpg

地震

日本の観測史上最強の地震で心配してくれた沢山の友人から「家族は大丈夫か?」と電話をいただきました。ニュースの映像を見ているとこの世の物とも思えません。まだまだ余震も続いているようですので十二分にお気を付け下さい。シリア・ヨルダンでも地震はあるそうですが、規模も小さくて体感するほどの地震は少ないそうです。ただ過去の歴史では大きな地震で街が破壊されたりと現存する遺跡群も殆ど修復された物が多いです。写真は先週訪れたヨルダンのジェラシュ遺跡です。修復にセメントを使っている為、世界遺産には登録されていないという残念な遺跡です。
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天災は神のみが知るもので人間ではどうする事もできません。阪神大震災の後リュックに食糧詰めて神戸の友人宅まで歩いたのを思い出しました。
アラブの政変に続き、ニュージランドの地震、今度は日本と年が明けてまだ3カ月。2011年は歴史上重要な年として刻まれることでしょう。

バス旅行

今回はヨルダンとの国境の街・ダラーにあるホテルのご招待でシリア国内の旅行会社を対象に研修旅行があり、私も参加させていただきました。私以外は全員シリア人でガイドも案内も全てアラビア語の中、同僚に通訳してもらいながらの1泊2日でした。奥さん子供も同伴できて日本でいう社員バス旅行を想像していただければその通りです。行きからガイドや案内係が歌いまくりで、帰りにいたってはみんなで合唱状態!暇そうにしている私を見ては「日本人元気か?」とマイクで呼ばれるので、寝る隙も与えてもらえません。行きにイズラで現存するものでは世界2番目に古い教会と、帰りにはボスラ遺跡観光付き。
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ホテルの夜はパーティーで歌に踊りにとアラブ人特有の盛り上がりでした。案の定私も引っ張り出されて踊らされましたけどね。
帰りにはシャハバによってホームメイドのパンが買いたいだの、ダマスでは何処何処で降ろして欲しいだのみんな今回の旅で初めて会ったのかと思うくらい言いたい放題!
前夜一緒に踊った方でシャハバが地元の人はバスを降りる時に「シャハバに来ることがあったら連絡くれ、是非また踊ろう」と声をかけていただきました。
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街整備

アラブに吹く民主化の風はイエメン、バーレーン、リビアとまだまだ続いておりますが、シリアではデモは発生しておりませんし、ヨルダンでもデモは発生している様ですが今の所平和的なデモのようです。
先週はツアーのお供でシリア中部とヨルダンに行っておりました。相変わらず雨男ぶりは健在でしたね。太古の昔なら「雨の神・豊穣の神」と崇められたかもしれませんが、旅行業界では疫病神でしかないです。写真はシリアの観光名所クラックドシュバリエからの帰り道です。最終日皆さんをアンマンの空港へお送りさせていただいた後大雨になり、アンマンは山が折り重なる様な街で坂道が多いのですがもう川状態で下水のシステムがどうなっているのかわかりませんが、前回に引き続きまたダマスに帰れないかと思いました。
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最近(といっても先月)
下の写真はダマスカスですがこんな写真を掲載すると「ダマスでも・・・」と誤解されるかもしれませんが近所で発生した火事の写真です。元は電器屋さんで時折ボン・ボンと大きな音がしていましたが、電球が爆ぜる音だったようです。ダマスカスは車が停まっていない道がないくらい路上駐車がひどく、消防車の通る道を空けるのに大声で怒鳴り合いをしてました。後日前を通りかかったら両隣は営業してたので結局この1件のみで延焼は防げたみたいですが、今後を考えると街の整備(特に駐車場)は必要かと・・・。
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バレンタインデー

今日はバレンタインデーですね。チョコ渡しましたか?貰いましたか?
シリアにも約13%程クリスチャンの方々がいるのでキリスト教系のイベントも全く無関係ではありません。ここ10~5年位の話らしいですがバレンタインデーに贈り物をするのが流行ってきているそうです。但し、日本の様に女性から男性へ愛の告白っていう定義ではなくって、家族や親友にも送ったりするそうです。先日オールドダマスカスのおもちゃ問屋街を通りかかったらバレンタインデーの商品でいっぱいでした。写真は私の家の近くのギフトショップみたいなお店ですが、こんな感じで赤一色です。
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バレンタインデーっていったい何を起源としているのか今日ネットで調べて初めて知りました。皆さんも調べてみてください。

エジプト2

昨日(2/11)ついにムバラク大統領が退任しました。デモ発生から18日目の急展開です。ムバラク大統領も2011年のお正月を迎えた時にはこんなことになるとは思ってもみなかったでしょうね。どこかのアラブ系の新聞に、サウジの国王が「ベンアリ(チュニジア前大統領)は到着したのにムバラクは遅れているのか?」というジョークが載ってたそうです。タハリールの盛り上がりは一晩中だったようですがこれからが大変です。私は”平和産業”の代表みたいな旅行業に従事してるので穏やかな改革方法を望んでおります。シリアの現大統領も在位11年目、但しお父さんの代からだと40年という長期政権です。「穏健で回りが見える人」と評判は悪くないみたいですがちょっと長すぎますね。早々に首相を替えたヨルダンや、これからデモが本格はしそうなアルジェリア等他のアラブ世界の動きもあるでしょうが、今後のシリアにも注目しててください。
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写真小学校です。こんな感じで公共の建物には大体肖像画がかかってます。

駐在員モロッコへ行く

っと言う事でモロッコへ行った時のお話を少し。思わず長文ですが「これは実話です!」
私は22歳の誕生日をモロッコのフェズで迎えた記憶があるので、なんと24年ぶりのモロッコでした。到着はお昼頃でこの日はなんの予定もなかったのでホテルに入った後、24年前に毎日食べてた“ハリーラ”が無性に食べたくなって歩いて旧市街(メディナ)へ。何件かの食堂で聞いてみたのですが「ない」とか「終わった」。ハリーラは朝に飲むスープなのは知ってたので、また明日出直すかと思って最後に道端で話し込んでるおじさん2人に聞いてみました。暫く考えておじさんの1人が「付いて行い!」ってな感じで案内してくれたのですが、メディナを出てなんと私の泊まってるホテルの近くの食堂へ。
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店の親父に「ハリーラ残ってるか?」みないな感じで確認してそのまま店内へ。おじさんは英語が全く分からないし、私も全くフランス語が分からない。会話はおじさんのモロッコ・アラビア語と私のシリア・エジプト風アラビア語単語なので会話は弾まないが、「ハリーラだけでいいのか?」、「シュワルマも食べるか?」みたいな事を聞かれて、結局ハリーラ2杯とシュワルマ(トルコ風と違ってサンドウィッチじゃない)を平らげました。
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シュワルマはおじさんと半分づつ。24年ぶりのハリーラに大満足でお会計をと思ったらおじさんが頑としてお金を払わそうとしないんですね~。アラブではよくあるんですが、こっちは案内までしてもらって非常に恐縮なんで、今度は私が払うつもりで食堂出てチャイに誘いました。そこで父さんは56歳で子供8人、一番上は34歳、一番下が15歳、ジュエリーの加工をしてる。私は日本人でダマスカスから仕事で来た等々・・・・・。
以下会話!
お父さん:何処に泊まってるんだ?
私:(ホテルのカード見せて)ここのホテルに泊まってます。
お父さん:高いだろ?
私:私は旅行会社では働いてるので心配ないですよ。
お父さん:そうか、私の娘も旅行会社だ。
私:なんて言う会社?
お父さん:????????(アラビア語で判明できない)
私:私の会社は●●●●です。
お父さん:おう~、それそれ!
私:えっ!本当?娘さんの名前は?
お父さん:“ファティマ”って言うんだ。(マグレブでは非常に多い名前)
私:私が明日ミーティングする相手もファティマさんですよ。
私:ひょっとしたら私が明日会う相手は娘さんかも。
お父さん:だったら凄いな。
私:今日家に帰ったら娘さんに聞いてみて下さい。
お父さん:娘は結婚して別に住んでるからな~。できたら電話してみる。
翌日会社でファティマさん(初対面)にあったら開口一番、「昨日、私のお父さんと会ったでしょ!」。カサブランカに何人住んでるのか知りませんが、こんなことって・・・・・・・・。
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因みに後で行った喫茶店のチャイ代もお父さんが払ってくれました。っというか払わせてくれませんでした。明日はダマス帰るという前日にメディナでお父さんを探したのですが、誰に聞いても分からず結局挨拶できなかったのが残念です。ファティマさんに「お父さんによろしく伝えてくれ!」と伝言だけはしておきましたが。
モロッコ.jpg

エジプト

ご無沙汰しておりました。1月23日から28日までモロッコ出張に行っておりました。私がモロッコにいる間にモスクワの空港で爆発事件があったり、エジプトではデモが拡大して暴徒化したりで大変なことになっております。アルジェリア、ヨルダン、イエメンでもデモが確認されてますしアラブの国々の歴史を大きく塗り替える年になるのかもしれません。連日報道されてるエジプトは2年間過ごした思い出の地でもあり、見慣れたタハリール広場が群衆で埋め尽くされる映像は感慨深いものがあります。友人や知人もいっぱいいるので怪我のないことを祈ってます。さてここシリアですが、元々政治的な話を避けてる傾向にあるので内心はどうなのかわかりませんが、今のところエジプトの報道が遠い国の事のように至って通常です。ただ、隣国レバノンの政変やヨルダンのデモで今後どうなるかわかりませんが・・・・・。
Ramses Day 2009 OCT (4).jpg

(2009年10月ラムセスデイ・本人撮影
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